企業評価の新基準「ESG」を理解する:S&P Global ESG評価を中心に

目次

はじめに:世の中には様々な判断指標がある

私たちが日々行う意思決定には、様々な判断指標が存在します。例えば、セキュリティの世界では脆弱性の深刻度を評価するCVSS(Common Vulnerability Scoring System)、オープンソースソフトウェアの人気度を示すGitHub Starsなど、それぞれの分野で確立された評価基準があります。

企業評価の分野においても、従来の財務指標に加えて、近年注目を集めているのが「ESG」という評価指標です。本記事では、このESGについて、特にS&P GlobalのESG評価を中心に解説していきます。

ESGとは何か

E・S・Gの基本説明

ESGとは、以下の3つの要素の頭文字を取った言葉です:

  • E(Environment:環境)
    気候変動、資源枯渇、廃棄物管理、汚染、森林破壊など、企業活動が環境に与える影響を評価します。具体的には、温室効果ガスの排出量、再生可能エネルギーの利用率、水資源の管理などが評価対象となります。
  • S(Social:社会)
    人権、労働条件、雇用関係、サプライチェーン管理など、企業と社会との関係性を評価します。従業員の多様性、労働安全衛生、地域社会への貢献なども含まれます。
  • G(Governance:ガバナンス/企業統治)
    企業の統治構造、経営の透明性、コンプライアンスなどを評価します。贈収賄・汚職対策、役員報酬の適切性、取締役会の構成と多様性、税務戦略などが対象です。

これらの非財務情報を企業評価に組み込むことで、企業の持続可能性や中長期的な価値創造能力を測ることができます。

ESGの歴史・成り立ち

ESG投資の起源は、意外にも古く、17世紀の英国にまで遡ります。プロテスタント・キリスト教の一派であるクウェーカー教の創始者ジョージ・フォックスが示した「戦争、暴力、武器の放棄」という規範や、1760年のメソジスト創始者ジョン・ウェスレーの説教集にある「金銭の使い方」が、その始まりとされています。

近代的なESG投資の萌芽は1920年代の米国で見られました。キリスト教協会などが、宗教上の理由によりタバコ、アルコール、ギャンブル関連産業への投資を禁止したことが、倫理的投資の始まりといわれています。

その後、1960年代から1970年代にかけて、公民権運動や南アフリカのアパルトヘイト政策への反対運動、ベトナム戦争への反戦運動など、社会運動の手法として社会的責任投資(SRI)が注目されるようになりました。

1990年代には環境問題への関心が高まり、1992年のリオデジャネイロでの国連環境開発会議で「持続可能な開発」という概念が提唱されました。1994年にはジョン・エルキントンによって「トリプル・ボトム・ライン」が提唱され、企業評価を財務、社会、環境の3軸で行うべきという考え方が示されました。

ESGという言葉が正式に使われるようになったのは2004年です。国連環境計画・金融イニシアティブが発表した報告書で初めてESGという用語が登場しました。そして2006年、当時の国連事務総長コフィ・アナンが「責任投資原則(PRI:Principles for Responsible Investment)」を提唱したことが、ESG投資が世界的に広がる大きな転機となりました。

PRIは、投資家が投資の意思決定プロセスにESG要因を組み込むべきという6つの原則を示しました。これにより、従来の「社会的責任投資(SRI)」から「ESG投資」へと名称が変わり、より広範な投資家に受け入れられるようになりました。2021年時点でPRI署名機関数は3,826、運用資産残高は121兆ドルに達しています。

日本では2015年に世界最大級の年金基金である年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)がPRIに署名したことをきっかけに、ESG投資が急速に広がりました。

ESGは誰が使っているのか

ESGは様々なステークホルダーによって活用されています:

機関投資家
年金基金、保険会社、資産運用会社などが、投資先の選定や評価にESGスコアを活用しています。長期的な視点で企業の持続可能性を評価することで、リスク管理と収益向上の両立を目指しています。

企業の調達・購買部門
取引先選定の際に、財務状況だけでなくESGへの取り組みを評価基準に加える企業が増えています。サプライチェーン全体でのリスク管理の観点から重要視されています。

求職者・転職検討者
特に若年層を中心に、就職・転職先を選ぶ際の判断材料としてESGスコアを参考にする動きが広がっています。企業の社会的責任や持続可能性への取り組みが、働きがいや企業価値の判断基準となっています。

規制当局・政府機関
企業のESG情報開示を義務化する動きが世界的に進んでおり、規制の枠組み作りや監督にESG評価が活用されています。

S&P GlobalのESG評価

S&P Global ESGスコアの仕組み

S&P GlobalのESG評価は、20年以上の歴史を持つ評価機関です。2020年にSAM(Sustainable Asset Management)を買収し、SAMが開発したCSA(Corporate Sustainability Assessment:コーポレート・サステナビリティ・アセスメント)のデータを活用してESGスコアを算出しています。

S&P Global ESGスコアの特徴は以下の通りです:

包括的な評価基準
環境、社会、ガバナンス・経済の3つのディメンションスコアに加え、61種の業界固有アプローチに基づく平均23項目の評価基準スコアを提供しています。

公開情報とアンケート調査の併用
公開ESG情報のみを用いる評価では、情報開示に積極的な企業の評価が高く出る傾向があります。そこでS&P Globalは、公開情報に加えて綿密なアンケート調査を実施し、より正確な評価を行っています。

業界別の評価
各業界特有のESGリスクと機会を考慮した評価を行うため、同業他社との比較が可能になります。

スコアの読み方・見方

S&P Global ESGスコアは0~100点のスケールで評価され、各産業分野において相対評価が行われます。

評価ランク

  • Top 1%:業界内で最高評価を獲得した企業
  • Top 5%:上位5%以内の企業
  • Top 10%:上位10%以内の企業

また、一定の基準を満たした企業は以下のクラスに認定されます:

  • SAM Gold Class:60点以上で、業界最高スコアとの差が1%以内
  • SAM Silver Class:57点以上で、最高スコアとの差が1~5%
  • SAM Bronze Class:54点以上

これらの評価は毎年「Sustainability Yearbook」として公表され、世界の主要企業7,800社以上(61産業)が評価対象となっています。

実際の活用例

投資判断への活用
機関投資家は、S&P Global ESGスコアを用いてESGポートフォリオを構築したり、高リスク企業をスクリーニングしたりしています。ダウ・ジョーンズ・サステナビリティ・インデックスなど、S&P GlobalのESG評価を基にした投資指数も広く活用されています。

企業のベンチマーキング
企業は自社のESGパフォーマンスを同業他社と比較し、改善すべき領域を特定するためにS&P Global ESGスコアを活用しています。

日本企業の取り組み
伊藤忠商事は2022年にS&P Global ESG Scoreで業界最高評価「Top 1%」を8年連続で受賞しました。三井物産も2022年に「上位5%」クラスに選定されるなど、日本企業の中にもESG評価で高い成果を上げている企業が存在します。

ESG指標の限界・注意点

グリーンウォッシングのリスク

グリーンウォッシング(またはグリーンウォッシュ)とは、実際には環境配慮が十分でないにもかかわらず、あたかも環境に優しい取り組みを行っているかのように見せかけることを指します。

グリーンウォッシングの問題点は以下の通りです:

投資家を欺く行為
ESG投資やグリーンボンドへの関心が高まる中、見せかけの環境配慮で投資家を誤誘導する企業が問題視されています。投資家は「環境に良い取り組みをしているから応援したい」と出資したはずが、実際は逆のことを行っている企業を支援してしまう可能性があります。

真摯な企業への悪影響
グリーンウォッシングが蔓延すると、真に環境対策を行っている企業の信頼性が損なわれ、エシカル消費やESG投資の妨げになります。

社会的信用の失墜
グリーンウォッシュを行う企業というイメージが一度ついてしまうと、取引先や顧客をはじめとする社会的な信用を失いかねません。従業員のモチベーション低下にもつながります。

規制の強化
EU(欧州連合)では2024年2月にグリーンウォッシング禁止法が採択され、根拠のない「環境に優しい」といった表示が禁止されました。日本でも消費者庁による摘発事例があり、今後は国際的な規制順守が必須となるでしょう。

評価機関による違い

ESG評価には統一された明確な指針や基準がないため、評価機関によって評価方法や重視する項目が異なります。その結果、同じ企業でも評価機関によってスコアが大きく異なることがあります。

主なESG評価機関には以下のようなものがあります:

  • S&P Global:CSAデータを活用した包括的評価
  • MSCI:ESGリスクとオポチュニティの評価
  • Sustainalytics(Morningstar傘下):ESGリスク評価に特化
  • FTSE Russell:業種別の相対評価
  • ブルームバーグ:ESG開示スコアなど複数のスコア提供
  • 格付投資情報センター(R&I):日本企業に特化した評価

投資家や企業は、複数の評価機関のスコアを参照し、総合的に判断することが重要です。

スコアだけで判断しない重要性

ESGスコアは有用なツールですが、万能ではありません。以下の点に留意する必要があります:

定量化が難しい要素の存在
企業文化や倫理観、イノベーション能力など、数値化が困難な重要要素があります。

過去データに基づく評価
ESGスコアは過去の実績に基づいて算出されるため、企業の将来的な変化を必ずしも反映していません。

業界特性の考慮
業界によってESG課題の重要度が異なるため、異業種間の単純比較は適切でない場合があります。

継続的なモニタリングの必要性
スコアは定期的に更新されるため、一時点の評価だけでなく、トレンドや改善の方向性を見ることが重要です。

実態の確認
スコアに頼るだけでなく、企業の実際の取り組み内容や開示情報を自ら確認することが大切です。第三者機関の認証や報告書の有無、定量的な実績の開示なども判断材料になります。

まとめ

ESGは、企業の持続可能性と中長期的な価値創造能力を評価する重要な指標として、投資家、企業、求職者など様々なステークホルダーに活用されています。その歴史は17世紀にまで遡る一方、現代的な形でのESG投資は2006年の責任投資原則(PRI)の提唱を契機に急速に拡大しました。

S&P Global ESG評価をはじめとする各種ESG評価は、企業のEnvironment(環境)、Social(社会)、Governance(ガバナンス)への取り組みを数値化し、比較可能な形で提供しています。これにより、投資家は中長期的なリスクとリターンを考慮した投資判断が可能になり、企業は自社の課題を把握し改善につなげることができます。

しかし、グリーンウォッシングのリスクや評価機関による違い、スコアの限界など、注意すべき点も存在します。ESG評価を活用する際は、スコアを参考にしつつも、企業の実際の取り組み内容や開示情報を自ら確認し、総合的に判断することが重要です。

世の中には様々な判断指標が存在します。CVSSで脆弱性を評価し、GitHub Starsでオープンソースの人気度を測るように、ESGは企業の持続可能性を測る重要な指標の一つです。これらの指標を適切に理解し活用することで、より良い意思決定が可能になるでしょう。

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