はじめに(導入)
スマート家電や産業用機器、医療機器など、ネットワークにつながる「組込み機器」は年々増加しています。
その一方で、これらの機器は「一度設置されたら放置されがち」「脆弱性への対応が遅れる」といった特性があり、サイバー攻撃の新たなターゲットとなっています。
このような背景から、製品開発の初期段階からセキュリティを”設計に組み込む”という考え方が強く求められるようになっています(= Security by Design)。
さらに、読者の立場(コンサル/開発者/運用者)ごとに注目すべき視点も補足しており、
「自分ごととしてセキュリティを考える」きっかけとなる構成を目指しました。
用語の定義(基本知識)
- 組込み機器:特定の目的に特化した機器(家電、制御装置など)
- IoT:Internet of Things。あらゆるモノがネットにつながる概念
- 脆弱性:設計ミスやバグによるセキュリティの穴
セキュリティ対策40のポイント(フェーズ別)
※各項目に「概要」と「コンサル / 開発 / 運用」それぞれの視点を明記
企画フェーズ(1~10)
- セキュリティ要件定義
- 脅威モデルの明確化
- 使用環境と機能の検討 など
【1】セキュリティ要件の明確化
企画段階で対象機器に求められるセキュリティレベルを明確にすることで、以降の工程での対策の方向性がブレなくなります。
- コンサル:業界標準やリスク評価手法(EBIOS等)に基づく支援が可能
- 開発:実装仕様に織り込む際の指針になる
- 運用:インシデント対応の判断基準にも関与
【2】使用環境・想定脅威の明確化
製品がどのような環境で使われるか、誰に狙われる可能性があるかを企画時点で見積もっておくことが重要です。
- コンサル:脅威分析モデル(STRIDE、LINDDUN等)で補助可能
- 開発:アクセス制御や通信設計に影響
- 運用:監視やログ保存の要件定義に活用
【3】セキュリティ機能の必要性評価
暗号化、認証、ログ取得などの機能が製品に必要かをこの段階で見極めます。
- コンサル:必要最小限かつ効果的な設計提案が可能
- 開発:開発のボリュームと実現性に直結
- 運用:将来的な保守範囲に影響
【4】資産・脅威・脆弱性の関係把握
守るべき情報資産と、それに対する脅威、そして脆弱性のつながりを整理します。
- コンサル:必要最小限かつ効果的な設計提案が可能
- 開発:開発ボリュームと実現性に直結
- 運用:将来的な保守範囲に影響
【5】ユーザビリティとの両立検討
強固な認証や制限がユーザビリティを損なわないよう配慮します。
- コンサル:「セキュリティ vs 利便性」のバランスを提案
- 開発:UI/UX設計に反映
- 運用:サポート対応やトラブル回避に影響
【6】製品ライフサイクルの定義
製品が何年間使われるかを想定し、その間のセキュリティ維持計画を立てます。
- コンサル:保守契約やサポート終了戦略の提案
- 開発:OTA更新機構の設計に影響
- 運用:更新対応やバージョン管理の計画に直結
【7】第三者提供ソフトの検討
ライブラリやRTOSなど外部ソフトの採用可否を評価します。
- コンサル:SBOM管理やライセンスリスク評価を支援
- 開発:依存関係の整理とメンテ計画に貢献
- 運用:アップデート手段や代替策の検討材料に
【8】アップデートの必要性評価
将来的に機器のソフトを更新可能にすべきか企画時点で決めます。
- コンサル:OTA(Over The Air)導入の妥当性を説明
- 開発:更新対応の仕組みを設計に組み込む判断基準
- 運用:バージョン管理・ユーザー通知の準備に関与
【9】開発プロセスへのセキュリティ組込み
セキュリティ要素を開発プロセスに最初から組み込む方針を明確にします。
- コンサル:DevSecOps体制やレビュー体制の構築支援
- 開発:レビューやテスト項目にセキュリティ視点を導入
- 運用:脆弱性対応や構成管理の流れを整備
【10】セキュリティ教育の実施
関係者全体に対して最低限のセキュリティ知識を教育・共有します。
- コンサル:研修・eラーニング導入の支援が可能
- 開発:「なぜ必要か」を理解した設計・実装ができる
- 運用:現場での判断rにょく・初動対応力が向上
設計フェーズ(11~20)
- アクセス制御の設計
- 暗号化・認証・ログの導入
- インタフェース制御とテスト体制の設計 など
【11】アクセス制御の設計
ユーザーや機能に応じた権限を設定し、最小権限の原則に基づいたアクセス制御を行います。
- コンサル:権限分離設計(RBAC)や特権管理方針の策定支援
- 開発:root実行の排除や一般ユーザ権限を実装に反映
- 運用:運用者が不要な機能にアクセスできないように制限
【12】暗号化の適用
機密性の高いデータや通信には、必要に応じて暗号化を適用します。
- コンサル:対象データの分類と暗号強度(AES、TLS等)の提案
- 開発:暗号ライブラリ選定と実装エラーの防止
- 運用:暗号鍵の更新・管理運用の前提設計に影響
【13】認証機能の導入
ユーザーや機器の正当性を確認する仕組みを設計に組み込みます。
- コンサル:2段階認証、証明書ベース認証の有効性提案
- 開発:ログイン機能・認証手続きの実装方針に反映
- 運用:ID管理や再発行手順を考慮しやすくなる
【14】ログ取得機能の設計
不正行為や異常動作を記録・追跡できるよう、ログの取得設計を行います。
- コンサル:セキュリティインシデント調査に必要なログ種別提案
- 開発:保存形式や容量制御、マスク処理の設計
- 運用:インシデント対応や証跡保管に直結
【15】設定値・構成の保護
重要な設定ファイルが改ざん・漏洩されないよう保護します。
- コンサル:設定変更権限や整合性確認手法の提案
- 開発:設定ファイルの暗号化・署名などの対策
- 運用:誤設定や改ざん検知による早期発見が可能
【16】不要な機能の無効化
使用されないサービスやポートは無効化し、攻撃対象を減らします。
- コンサル:攻撃面削減(Attack Surface Reduction)の観点から整理
- 開発:ビルド設定やデフォルト無効の実装
- 運用:運用中の誤操作・設定漏れを防止
【17】ネットワーク構成の安全性確保
LAN/WAN、リモートアクセス等の設計段階での安全性を検討します。
- コンサル:セグメント分離やVPN活用の設計支援
- 開発:IPフィルタやFW設定を反映
- 運用:不正アクセスの検出と防御体制の構築に有効
【18】インタフェース制御
USB、UART、Wi-Fiなどのインタフェースの制御設計を行います。
- コンサル:製品の物理的脅威モデルへの助言
- 開発:ポート有効/無効やアクセス制限の実装
- 運用:不要ポートの封止や安全な診断手順の確立
【19】エラー処理の適切な設計
エラー発生時に、攻撃者に有利な情報を与えないよう注意します。
- コンサル:セキュリティ要件に応じた例外処理設計支援
- 開発:スタックとレースなどの漏洩を防止
- 運用:運用画面での安全な通知設計に寄与
【20】テスト・評価体制の計画
設計通りに機能しているかを検証する体制を事前に計画します。
- コンサル:第三者検証・セキュリティテスト導入の提案
- 開発:単体・結合・ペネトレーションテストの準備
- 運用:出荷前の品質担保・評価観点の蓄積
実装フェーズ(21~30)
- セキュアコーディング
- 脆弱性チェック
- 通信の暗号化、認証の実装 など
【21】セキュアコーディングの実施
CWEやCERTなどのセキュアコーディングガイドラインに従って実装します。
- コンサル:安全な開発ルール策定支援
- 開発:バッファオーバーフローや未初期化変数の防止
- 運用:設計ミスによる障害の抑止
【22】既知脆弱性の除去
外部ライブラリ等に既知の脆弱性が含まれていないか確認します。
- コンサル:脆弱性情報(CVE)監視体制の提案
- 開発:OSSバージョンの更新・依存性管理
- 運用:後の脆弱性対応の発見・軽減
【23】不要コードの削除
デバッグ用コードなど、本番には不要なコードは削除します。
- コンサル:開発体制のレビュー支援
- 開発:条件分岐やコメントアウトコードの整理
- 運用:攻撃者による想定外利用の防止
【24】エラーメッセージの制御
ユーザーや攻撃者に詳細なエラー内容を見せない設計と実装を行います。
- コンサル:表示方針の策定(ユーザー向け/開発向け)
- 開発:表示メッセージの制限とログ出力分離
- 運用:安全なトラブルシュートを実現
【25】セキュリティ機能の実装確認
暗号化、認証、アクセス制御などの機能が期待通りに動作するか検証します。
- コンサル:仕様との乖離チェック支援
- 開発:ユニットテスト・ファジング導入
- 運用:誤動作時の対応速度が向上
【26】ファイル・データの保護
保存ファイルの暗号化・署名・アクセス制限を適切に実装します。
- コンサル:データ分類と保護レベル提案
- 開発:ファイルシステム権限・暗号方式の実装
- 運用:データ改ざん・漏洩の抑止
【27】通信の保護
TLSなどを用いて、デバイス間通信を保護します。
- コンサル:通信暗号化の必要性整理とスキーム選定
- 開発:証明書検証やプロトコル対応の実装
- 運用:第三者による傍受・改ざんを防止
【28】通信相手の認証
通信相手が正当な機器かを認証する仕組みを実装します。
- コンサル:PKIや証明書配布戦略の策定支援
- 開発:TLSクライアント認証・MACチェックなど
- 運用:なりすまし攻撃の排除
【29】セキュリティテストの実施
静的解析・動的解析・脆弱性スキャン等のセキュリティテストを行います。
- コンサル:第三者テスト計画支援
- 開発:SAST/DASTなどの導入・運用
- 運用:出荷判定基準への反映
【30】テスト記録の保存
テスト結果を適切に記録・保管し、後から確認できるようにします。
- コンサル:監査対応・品質管理体制の整備
- 開発:記録の自動化・ツール導入
- 運用:再発防止や法令対応の資料に
運用・保守フェーズ(31~40)
- 脆弱性情報収集と対応体制
- アップデート方法の確保
- 保守終了時の対応、情報開示と記録 など
【31】脆弱性情報の収集
自社製品に関係する脆弱性情報を継続的に収集し、対処の判断材料とします。
- コンサル:JVN、CVE、CWE等の情報源の運用提案
- 開発:関連するOSSやライブラリの監視対象整理
- 運用:インシデント初動のための情報感度向上
【32】脆弱性への対応体制構築
報告を受けた脆弱性に迅速に対応できるよう、組織内に体制を整備します。
- コンサル:CSIRT構築や脆弱性報告窓口の提案支援
- 開発:緊急パッチリリース対応の準備
- 運用:ユーザー対応や影響範囲の評価フロー整備
【33】アップデート手段の確保
出荷後の機器を安全かつ確実に更新できる仕組みを維持・提供します。
- コンサル:OTA方式や物理更新の選定支援
- 開発:セキュアブートや署名確認付き更新の設計
- 運用:更新スケジュール管理と通知運用
【34】ログ管理と監視
機器の挙動を継続的に監視し、異常があればすぐに気づけるようにします。
- コンサル:SIEMや監視体制の提案
- 開発:ログ出力の最適化と外部連携設計
- 運用:ログ保管、アラート設定の実務構築
【35】不正アクセスへの対処
不正操作や侵入が発生した際の検出と対応方法を定めておきます。
- コンサル:フォレンジック支援や通報フローの構築提案
- 開発:不正兆候のトリガー実装(例:複数ログイン失敗)
- 運用:対応手順書の整備と訓練の実施
【36】情報提供と開示
ユーザーや関係者に対して、製品のセキュリティ対応状況を適切に開示します。
- コンサル:開示ガイドライン策定支援(ISO/IEC 29147など)
- 開発:リリースノートや脆弱性報告書の作成支援
- 運用:FAQ、サポートページの整備
【37】ユーザー向けマニュアルの整備
セキュリティ上重要な使い方を正しく伝えるための説明書を準備します。
- コンサル:ユーザー教育視点でのドキュメント設計提案
- 開発:誤設定防止のための導線設計
- 運用:問い合わせ削減や教育コスト低減に貢献
【38】保守終了時の対応方針
製品のサポート終了(EoL)時の方針を決め、ユーザーに伝えます。
- コンサル:保守契約やリプレース案の立案支援
- 開発:最終更新のセキュリティ強化設計
- 運用:EoL後の問い合わせ対応準備
【39】第三者試験・監査の受入れ
セキュリティに関する第三者評価・監査の受け入れ体制を整備します。
- コンサル:セキュリティ認証(ISO/IEC 62443等)取得支援
- 開発:審査基準に基づく設計レビュー
- 運用:監査対応のドキュメント整備・質問応答訓練
【40】セキュリティ対応記録の保管
インシデントや対応履歴を記録として残し、将来の改善に活かします。
- コンサル:PDCSサイクルの構築支援
- 開発:変更履歴・対応ログの形式整備
- 運用:再発防止策の蓄積とナレッジ共有
活用方法と読者別の視点
- 各フェーズの対策を俯瞰的に見直すことで、開発プロセス全体を最適化
- コンサル:リスク分析や体制提案の材料として
- 開発者:実装方針のチェックリストとして
- 運用者:保守対応やユーザーサポートの土台として
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